都響のブルックナー2本

2026/10/10 ジョナサン・ノット指揮 ブルックナー 交響曲第6番ほか

6番が5番と7番の間に書かれた(当たり前だが)ことが音楽的に良く分かる見事な演奏だった。

ブルックナーが一人音楽的別世界に旅立ち、唯一無二のスタイルを完成してしまった5番の作曲後、バイロイトに行って『ニーベルングの指輪』初演に立ち会ったり、ウィーン大学で講義を始めたりと、社会復帰的なことを経て本作が生まれたのだろうと思うくらい推進力と流麗さが際立っていた。

歴史的に言うと5,6番は、そのあまりの斬新さゆえに指揮者に演奏を拒否され、すぐに初演されなかった。つまり、初演順では4番の次に7番が来る。そしてその7番で遂に彼の音楽と世界がマッチし、当時61歳のブルックナーは初めて社会的成功を掴むのだ。

ついでだが、ブルックナーの死後に初演された本作を指揮したのは彼の受講生でもあったマーラーだった。それだけでなくマーラーは当時の彼の年収の約半分を提供してブルックナー全集の出版を支えている。ベートーヴェン→ワーグナー→ブルックナー→マーラーの流れがある。(本公演でカップリングされたのはベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番で、彼の音楽がロマン派的に変わるあたりの作品だ。「考えたな」と思わせる選曲だった)

そんなことを考えた。

今回初共演のノットと都響は演奏の間にも一体感が高まっている感じがした。今後の共演が楽しみだ。

https://www.tmso.or.jp/j/concert/detail/detail.php?id=4093

2026/10/22 マルク・ミンコフスキ指揮 ブルックナー 交響曲第8番

私はこの曲が最も好きで何百回と聴いているが、この曲はこんなにも美しかったのかと体が熱くなったほど素晴らしい、有り難い演奏だった。最高の演奏の一つだったと思う。

この驚きは、表面的には普段演奏されないノヴァーク版1稿だったことや、通常の演奏時間より10分以上短くなったテンポの速さにあったが、本質的には、通常、音の塊として表現されるブルックナーの世界を、線の絡み合いとしてこれまでにない解像度で表現したことにある。

楽譜を追っている人には分かっていることなのだろうが、耳からしか聴かない私にとって、これまで音の壁の背後に隠れていた細かな旋律の振る舞いは、昆虫を顕微鏡で見てその見事な細部に暫し固まるような感動があった。

これはもちろんミンコフスキの求道的な意図によるものなのだが、いつもの黒々とした音色で見事に食らいつき、感動的な透明度と、弦楽器の美音と、管楽器のド迫力で応えた都響も極めて見事だった。

そして、昔、チェリビダッケがドキュメンタリー番組で「音楽に時間は存在しない。だから速いとか遅いとかそういうことはないのだ」的なことを言っていたことを思い出した。(彼とは逆の意味ではあるが)

スクロヴァチェフスキの最晩年の読響との演奏と共に、長く記憶に残るだろう素晴らしい体験だった。

https://www.tmso.or.jp/j/concert/detail/detail.php?id=4095

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA