通常本作は主人公エレクトラと母クリテムネストラの確執を中心に据えた密室劇的復讐譚として描かれる。
本公演でも上演開始のかなり前から黒い透過カーテン越しに、独房のような舞台中央スペースで一人時間を持て余すエレクトラを延々と観客に見せる演出がとられ、彼女が閉じ込められていることが示される。
またその間、劇場には彼女の心臓音と思われるドクッ、ドクッという音が流され、この舞台はエレクトラの心象世界であることを示唆する。(そのあと舞台にはピエロ、ぬいぐるみ、人形のような格好をした妹クリソテミスなど、エレクトラの少女時代を思わせるものが次々と現れる)
しかし幕が上がると中央スペースは隔離されておらず、その左右に1mくらい高い床を持つ回廊があって自由に行き来でき、かつ、その回廊には大きな窓があって、さらに外に繋がっている。
そして、中央(復讐の呪いに囚われたエレクトラ家族の場であることが分かる)と回廊の間には大きなブランコが左右に掛けられており、そのブランコが場面場面で揺れることで「場」自体が揺らいでいることを暗示する。
そのブランコに乗るのはクリソテミスと、子供を切望する彼女の妄想らしき不気味な少女たちで、通常、エレクトラの反面的存在者としてしか描かれない彼女が、本来出番がない場面でも舞台背後でブランコを力強く漕ぐなど現れ続け、強調されていることがわかる。
また、エレクトラと組みクリテムネストラを殺す弟オレストは、窓→回廊→中央と移動することで、復讐の呪いの中に飲み込まれていくことが示される。
そしてエレクトラとオレストは復讐の女神たち(侍女たち)と共に中央奥の呪いの空間に消え、クリソテミスは発狂する。ブランコをいくら揺らしても結局何処にも行けないのだ。
…と私は観た。
クリソテミスが強調されたのは、若き次世代に対する悲観と期待が入り混じった演出ヨハネス・エラートの想いが示されているのかもしれない。
どちらにせよ本作のような一筋縄ではいかないオペラが「分かりやすさが何より大事」なこのご時世に制作されたことを素晴らしく思う。いつか再演されるだろうからもう一度観に行く。